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落語を聴いた日

ナマで落語を聴いた日の覚書と、落語に関係するあれこれについて書きます。

12/23 立川志らく独演会@よみうりホール

12月23日

一、開口一番 「時そば」 立川がじら おっ!羽織姿だ、と思ったら、今月、二つ目に昇進なさったそうです。(落語家で同期昇進の人はいないけれど、探してみると次期アメリカ大統領トランプ氏が同期とのこと。) 本編に入る前に二八蕎麦の由来の話で言い間違え、それをネタにして笑いを誘うあたり、ご立派。志らくだって、10月の落語大全集で肝心の数えるところを言い間違えてますから。ところどころに"今"の言葉を織り込んでいたのは、私はあまり好きじゃないです。

一、『芝浜 後日の噺』 立川志らく 配布されたプログラムに、「今回の趣向は芝浜エピソード1と後日談を古典落語の中から探しました。」とありました。これは、『親子酒』ですね。酔っ払いをやる志らくは迫力あって面白いけど、芝浜の魚屋が年取ってああいう感じになるかな?ならないと思います。

一、『芝浜 以前の噺』 立川志らく これは『天狗裁き』ですね。この噺自体、仕組みがやや複雑で、隣席の年配ご夫婦は終わってから新作だと思って会話してました。天狗から羽団扇を取り上げ、空を飛んで降りた先で瀕死のお嬢様の病気を治す。お礼の四十二両は財布ごと海に捨てるという話…こじつけが馬鹿ゝしくて、返って楽しかった。

仲入り

一、『芝浜』 立川志らく 魚屋の勝五郎、20日間連続飲酒。まさにアルコール依存症ですね。今夜飲ませてくれたら明日から河岸へ行くから…と女房にごねて、最後には(酒を買う金が無いなら)「作れ!」というのがおもしろかった。財布を拾ったのは夢だと思い込ませる部分で、自分の腕が家まで伸び、時を間違えて早く起こした女房を引っぱたく、とか、海の波は誰かがこうやってる(かき混ぜる所作)からだ、とか、は夢だからそう思ったこと。そうかやっぱり夢だったのだと納得するあたりも、おもしろく笑いました。こういう笑いを挟んで、ストーリーが進んで行きます。そして、最後の、夢だとだましてごめんなさい、でも私を捨てないで云々のシーンでは、つい、うっかり、ホロリとしてしまった。年末の落語の定番には私は全くこだわりはなく、(ウィーンフィル・ニューイヤーコンサートのラデツキー行進曲は好き。)どうして芝浜、芝浜となるのかな~と思うのですが。つい、ね。全体としては、少しポピュラー向けな感じがしました。