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落語を聴いた日

ナマで落語を聴いた日の覚書と、落語に関係するあれこれについて書きます。

1/19 立川志らく落語大全集〜テーマ 芝居 〜@国立演芸場

1月19日

開口一番 「道灌」 立川うぉるたー

一、「なめる」 立川志らく 16年かけて203席をやると、こういう気持ち悪い噺も入って来るとのこと。当日配布のリーフレットには「『なめる』はほんのシャレです。」と記載されてました。確かに気持ち悪い。若い娘の乳の下に出来た、夏みかんほどのおできをなめる破目になった男の噺です。医者には見放され、易者が22歳の男になめさせれば治るというので、毎日芝居見物に行って該当者を探していたお嬢様とお付きの年増女(と言っても25,6歳!私はその約2倍(笑))、よく考えましたねぇ。できものの事は黙って、療養中の貸家に連れ込み、色仕掛けと最後は力づくでなめさせます。そして、嘘をついて追い返し、その夜のうちに立ち去ってしまう。この気持ち悪いメインのストーリーの合間に、のんきだったり結構エロティックだったりする小噺(ギロチンの小噺に大笑いし、直後にちょっと恥ずかしくなりました。恥じらいを捨ててはイケマセンね。)を男の口から語らせて、後味さっぱり。明るく楽しい一席でした。

一、「淀五郎」 立川志らく 後半の「中村仲蔵」の後日談にあたる噺。件のリーフレットに、歌舞伎を知らない客にもわかるように演じると書いてありました。私は元々能楽ファンなので、歌舞伎の経験といえば、能「安宅」と見比べる企画で「勧進帳」の一部を見たことしかありません。でも、よくわかった。

中入り

一、「中村仲蔵」 立川志らく 「忠臣蔵」五段目が弁当幕 (切腹シーンのある四段目と六段目にはさまれ、また丁度昼時なのでお客が弁当食べながら見るような一幕) と呼ばれていて、その定九郎役をふられた仲蔵の苦悩と閃き、本番での素晴らしさに呆気にとられた観客の反応を「しくじった」と勘違いして落胆。大阪へ修行に出る前の挨拶で、師匠にそうではないと知らされて喜ぶという噺。 「淀五郎」もそうですが、これには志らくの演劇論が相当入っていて、理屈っぽい面もあったけれど聴きごたえたっぷりでした。実際15年くらい演劇をやっている彼ならではの「中村仲蔵」ですね。「(芝居を見た人から)落語より良かったよ!」と言われても、「志らくさん、芝居も良いけど、落語が良いよ。」と言われても腹が立つのです、という主旨のことをこの日のどこかで話してました。私はまだ数回しか志らくの芝居は見たことなくて、昨年の「不幸の家族」が抜群に良かったと思っています。今年再演するそうです。